彼女と彼女と私の七日 -Seven days with the Ghost- 感想 So get for brand-new truth. 

金額単位の満足度は0除算でエラーになる
『彼女と彼女と私の七日 -Seven days with the Ghost-』の特筆すべき点は、有志を募って作成されたフリーゲームであることと、にもかかわらず当時の基準でクオリティがかなり高いことです。ビジュアル(原画と塗り)と音楽については、担当の阿部四百(400)氏と高橋ワタル(wata)氏が実績のあるプロなだけあって商業顔負けですし、テキストも破綻していなくて読めます。ビジュアルノベルの主要構成要素がどれも高いレベルでまとまっていますね。さらに、全キャラクターにフルボイスが当てられているし(明らかに未経験者もいるが)、スクリプト(演出)や動画も本職の仕事で目に楽しく、オープニングとエンディングに至ってはボーカル曲のムービーが実装されているのだからどえらいことです。かてて加えて、女女のエロいシーンがたっぷり尺を割いて描写されているのは特筆すべきところでしょう。世の中にまだまだ百合でエロな作品が足りていなかった当時、無料なのにフェチズム全開なエロをこれでもかと乗っけたこの作品はひときわ輝いていました。それこそ、エロ漫画業界における『少女セクト』のように……。読了までの時間こそフリーゲーム相応ですが、時間単位の満足度はかなり狂っています。
『ととのか』は2ちゃんねるのスレッド「同人ゲーム 作 ら な い か」が発祥で、企画者である400氏の「親切な百合萌えの方、一緒に百合ゲーを作りませんか!」(原文ママ)という呼び掛けに応えた方々が制作した作品です。2008年に企画が発表されてから3年近くの制作期間を経て、2011年3月に完成版が発表されています。まだ百合ゲーが単純な本数でも品質でも乏しかった冬の時代、百合ゲーに飢えた者たちが、どこの会社も好みのものを出してくれないならいっそ俺たちで作っちゃる! というプロテストな熱情を燃やしているさまを勝手に想像しました。過去ログを読んでいると、匿名ネットワークだからこそのノリとライブ感がよい方向で盛り上がった例だとも感じます。古きよきネット上で恐ろしい熱情とスキルを持った人らが集い、名無したちのワクテカ(死語)な反応に後押しされる形で完成まで漕ぎつけた、時代の遺物もとい異物、と言い換えてもよいです。私はタイトルしか知らないのに「クラスの完璧すぎる女の子の弱点を暴きたい(ハスキーとメドレー)」(2008)を連想しました。「電車男」(2004くらい)はまたちょっと古い。
ちなみにこの近辺の商業百合ゲーというと、『素晴らしき日々~不連続存在~』(2010)が異彩を放っていて、あとは『オトメクライシス』『Volume7』(2008)『ホリゾーンの上~予言の書』(2009)『闇夜に踊れ -Witch wishes to commit the Night-』(2011)という酸鼻を極めるラインナップです。この後に出るのが例の『屋上の百合霊さん』(2012)なので、暗黒期の真っただ中ですね。……『アオイシロ』(2008)? ちょっと何言ってるかわからないです。
あと、2ちゃんねるがどんなものなのか話でしか知らない世代(震え)のためにかるく説明しておきます。2ちゃんねるはありとあらゆるジャンルを扱う、カテゴリで細分化されたスレッドフロート形式の匿名掲示板です。当時は匿名掲示板すなわち2ちゃんねる、疎い人がゲーム全般をファミコンと呼ぶのとおんなじ感覚で2ちゃんねるや2ちゃんねらー(ねらー)といった言葉が使われるくらい圧倒的な知名度でした。エンターテイメントにおいてはスレッドでの評判が売り上げを左右すると言われるほど影響力があり、用語や文化はサブカルチャーの枠を超えて使われていました。このジャンルの有名どころで言うと、科学アドベンチャーシリーズ『CHAOS;HEAD』『STEINS;GATE』などにその文化の痕跡を見ることができます。日本のインターネットでは、Twitter・Facebook・InstgramといったSNSが本格的に幅を利かせるまでは間違いなく情報交換・交流・雑談の中心地のひとつでした。
ギャル(人)のことが知りたいからギャルゲーをやっている
私は『ととのか』を、ビジュアルやサウンドのクオリティ以上に評価している点があります。それは物語内の時間で七日間という短い中で、親友である杏奈の隠された一面、パーソナリティが見えてくるさまを書いているところです。その鏡写しで、絢子が次第に蓋をしていた自分の本心に気づいていく過程も背中がむずむずして好きです。
以前『アカイイト』のレビューでも書きましたが、私がいわゆるギャルゲーをプレイしていてもっとも心を動かされるのが、ある人の秘めた想いや秘められた過去が明らかになり、同時にその人の何気ない行動や謎めいた言葉の真意が判明し、ひいては人間性の本質が見えてくるところなんですよ。人と世界がまるで違って見えてくるような、目の覚める感覚。あれが本当に好きで好きでたまりません。私はギャルゲーという媒体に、ドラマやロマンスやスペクタクルやカタルシスやどんでん返しよりも強く、あの鮮烈な体験を求めています。
※若干ネタバレあり
こう書けば予想がつきそうですが、私が『ととのか』で好きなところは、4日目の朝に杏奈が絢子に当たるところなんですよ。それまで飄々として掴みどころがなかった杏奈が、幽霊について要領を得ないことを言う絢子にらしくなく苛立ちをぶつけてくるあそこです。親友として絢子の無茶苦茶な頼みを聞いてくれる一方で何か思うところがあったのだろうかとハッとさせられ、ここから言動や所作を注意深く追うようになりました。フック(掴み)のお手本みたいな展開ですね。
ここまで憤りを露わにしている杏奈を見たのは初めてだった。いつでも、どんな窮地でも、誰に何を糾弾されようと、泰然と余裕の表情を浮かべている人物。それが私の杏奈評だった。
「今日はもう帰って。あんたの顔を見ているとイライラするわ」
杏奈もやっぱり人間だったんだな。そう思った。しかし、そんな感想がなんの役に立つというのだろう。
一番信頼していた相手からぶつけられた拒絶の意思。
返す言葉が出てこない。胃の奥に汚泥のようにこびり付いた、忘れたはずの感情が、頭をもたげてせりあがってくる。
OP曲に「何も変わらないはずなのに」という文句がありましたが、絢子の中で杏奈の人物像が揺らいでいったきっかけはここではないでしょうか。同時に、受けたショックの大きさから自分の中での杏奈の存在感を「胸が痛む音」とともに意識したのだと思います。この場面については絢子の視点や認識が読者ともリンクしているのが見事で、私はこういった演出を取り入れている作品を高く買っています。
あとは、六日目に万理乃と会話して、杏奈が来るものを拒まず抱きつづけるプレイガールを演じる行動原理、隠された想いについて思いを巡らすところも好きです。これまでの杏奈の振る舞い、特に上述した四日目の様子を思い出して、余裕でエッチを見せつけて絢子をからかっていたのかと思いきや、実は絢子がようやく女同士に興味を示してきたことにウキウキだったんだろうな……とか、覗かれているときはソワソワしながら反応を伺っていたんだろうな……とか、関係に変化があることを期待してたのに幽霊に取り憑かれたとか意味不明なことを抜かして煮え切らない絢子にイラっとしてもうたんだろうな……などと思い至り、その人間臭さと臆病さに見る目が変わってしまいました。同時に、想い人からアプローチしてほしいという乙女心であまりにも回りくどいことをしているのにほとほと呆れ、同時にその狂った行動力と想いの強さには感心させられました。つまり、さらに好きになってしまったということです。
※ネタバレおわり
ただ、その心情に100%ではないにせよホモフォビアが絡んでいてほしくはなかった、というのは後述の通りです。
『少女セクト』の色濃い影響
私はペダンチック百合エロ漫画『少女セクト』に強い衝撃を受けた世代の人間なんですが、『ととのか』はそれの影響が強く感じられる数少ない作品の一つです。女子校を舞台にしたガールズラブというのはさらに『マリア様がみてる』まで遡るとして、ポリアモリーのゆるい雰囲気と素敵な衒学趣味についてはがっつり影響を感じます。登場人物だと、メインヒロインたる藩田思信と網城杏奈の関連性に目が向きますね。目を引くほどの美人で高スペック、傍若無人だが自分のルールを守る気風のよさがあり、プレイガールを演じているが惚れた相手にはこの上なく真剣で、よく言えば乙女で一本気、悪く言えばとんでもない行動力のおバカ。どちらも強烈な存在感を発揮していて好きっすわ。あとは、ヒロインの従者である諏訪部麒麟(きーちゃん)と万理乃の立ち位置も似ています。私はきーちゃんの大人ぶって自分を俯瞰視点で見ているような、背伸びしたさかしらさが大好きなんですが、万理乃もかなりよい性格をしていて気に入りました。杏奈のぶっ壊れたところをはっきり認識しつつ好いていて、自分が一番にならないのを知っていてもなんだかんだ楽しそうで幸せそうなのがよかったです。
これでライターが『少女セクト』のことを一ミリも知らなかったら、ガチでごめんなさいします。絶対好きだと思いますけど。
おわりに
私は『彼女と彼女と私の七日』の完成版を発表直後に読んでいました。なぜこんなによくできた作品のレビューを後回しにして、今も100パーセントの自信をもってお薦めできないかと言えば、かなりどぎつくヘテロノーマティブだからです。
作品の全編において、さまざまな人間が――同性愛者としての自分を確立している杏奈さえも――聞いていていい気持ちがしない言葉を口にします。語り部の絢子はとある事情から、少数派になったり人から強く否定されたりするのを恐れているのはわかります。でも、しかしながら、とはいえども。
「それもわかるけど! 何でいきなりそうなるのって! だ、だいたい私は、あんたと違ってそういう趣味はないんだからっ!」
いくら女子校なんていう不健全な閉鎖環境にいるからって、女の子をそういった目で見たことはない。初恋の相手もちゃんと男の子だった。
ひょっとしたら色好い返事がもらえるかもしれない。でもあくまで常識的な価値観に則るのなら、そこに希望を見出すのは楽観的過ぎると思う。
もしかしたら以前と同様の接し方をしようとしてくれるのかもしれないし、あるいは引きつった顔で逃げ腰の対応をされるようになるのかもしれない。可能性としては出会い頭に罵声を浴びせられる関係になることもありうる。
たとえその人がいかなる事情を抱えていたとしても、私は誰からもこんな言葉を聞かされたくありません。仮に物語の序盤での発言で最終的に否定されるものだったとしても、正直しんどいです。
自分には同人作品、特に無料で公開されている作品はあまり腐したくないというゆるいポリシーがありますが*1、どうしても書かずにおれませんでした。作品の評価を偏見如何だけで下すことはないですが、嫌なものは嫌です。改めて書いておきます。
*1 自分が余興で書いているレビューを人にとやかく言われたくないから。
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